久慈市夏井町から広野の海成段丘を下り、眼下の久慈川の河川蛇行で形成された平地を見下ろしながら古くからの人里に降りると、今は市道となった旧街道の東側に樹齢の定かではない銀杏樹がありました。
近くの墓石には享保18年(1733)などが見られ街道の要衝と思われる集落、少なくとも300年ぐらいの樹齢でしょうか、あるいは江戸期・南部藩の始まりころ(400年ぐらい前)に植樹されたものかもしれません?
辺り一面が黄色い葉の絨毯じゅうたんみたいで、陽ざしの暖かい日には日向ぼっこ出来たら最高でしょう!
惜しまれるのは、手入れする人が見当たらないことでしょうか?
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