岩手県下閉伊郡普代村堀内漁港側「まついそ公園」内の宮沢賢治詩碑、大正14年=1925年八戸線を経由して三陸海岸を旅した賢治は、ここ堀内漁港から発動機船に乗りさらに南下する船旅を続けたようです。
この旅の経路〜特に種市方面から久慈市、野田村間など不明なことが多々あるようですが、「浜善丸」は現地の有力水産漁業者「浜坂屋善六」所有の発動機船と思われます。
*浜坂屋善六または浜坂善六=八戸熊谷家の総本家筋。
2021.07.11 ©Shima
岩手県環境生活部「三陸ジオBOOK」P29-㉜普代の宮沢賢治詩碑より
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